1.博多→長崎

午前6時50分起床。7時20分頃にロビーへ宅配便を持っていて手続きをして、ホテルを出た。歩いて博多駅へ向かい、7時40分ごろに特急かもめ号の入るホームへ着くと、すでにホームには列ができていた。7時45分頃に特急かもめ5号が入ってきた。車両は2000年登場の885系、通称「白いかもめ」。到着後は車内清掃があり、7時54分頃に車内に入った。車内はほぼ満席。
8時ちょうどに特急かもめ5号が出発。座席は普通車でも革張りで、名前の通り車内は白を基調としており、かなり落ち着いた感じがする。また、いわゆる網棚は飛行機のようなふたがついている。これはリレーつばめ号の787系、ソニック号の883系も共通。ふたがついていると荷物が見えず、車内がすっきりした感じになる。だが885系の荷物入れは小さい…。
博多の次の鳥栖では少し降りたが、また大量に乗ってきた。通路には立ち客の姿も。鳥栖からは長崎本線に入り、急に田舎風景になる。鳥栖から15分で佐賀に着くが、まもなく佐賀に到着しますという放送が入っても、車窓から見えるのは畑。駅に到着する1分前になってようやく市街地が見えてきた。だが佐賀では大量に下車した。通勤かな。ここで813系の普通列車と行き違い。

佐賀駅を出て少しすると再び田舎の景色に。次の肥前山口で佐世保線と分離。肥前鹿島でも少し降りた。肥前鹿島を過ぎると線路は有明海沿いに出る。海苔の養殖用なのか、海には棒がたくさん立っている。多良駅・小長井駅では行き違いのために運転停車。小長井駅で止まっている時に外を見たら、おばさんが干潟に座って何か作業をしていた。長里駅を過ぎたあたりで諫早湾干拓地の堤防が少しだけ見えた。
9時44分に諫早駅到着。ここでもけっこう乗降があった。諫早からは島原鉄道が分岐しているが、列車は止まっていなかった。諫早から長崎行きの普通に乗る。諫早−長崎間は大村湾沿いに走る旧線(長与経由)が100年以上前に開業したが、時間がかかるので1972年に新線(市布経由)が開業。優等列車は全て新線を通っている。そこで、今回は長崎へは旧線、帰りは新線を通ることにした。諫早から乗る長崎行き231Dはキハ200の2連。水色と青色の中間のような色をしている。乗車率は結構高く、田舎のローカル線という雰囲気はない。
列車は9時55分に出発。実際に新線と分離する喜々津までは複線で電化もされているが、旧線は単線非電化。喜々津を出ると大村湾に出る。真珠養殖用なのだろうか、ブイなどが浮んでいた。天気も良いので非常にきれいな景色。
大草駅を出ると山の中へと入っていく。かつて蒸機が苦労したという松ノ頭峠を過ぎると、かつてスイッチバック駅だった本川内駅に到着。スイッチバック駅時代のホームは使われていない。本川内の次の長与駅で大量に乗ってきた。長与町は長崎のベッドタウンとして人口増加が続いているそうで、単独市制もにらんでいるそうな。そのためか、長与の次の高田(こうだ)駅は10年ほど前に新設された駅。その次の道ノ尾駅はかつて行き違い駅。
西浦上駅あたりから長崎の市街地へ入り、坂の上の方まで家が続いている。この駅を過ぎたあたりで新線と合流する。10時41分に終点長崎駅に到着。これで九州の全部の県庁所在地に来たことになる。
2.長崎→佐世保→博多

長崎では30分ほどしか時間がないので、駅前や路面電車の写真を撮った。駅前には長崎新幹線の早期建設を!という看板がたくさんあった。白いかもめがあるから新幹線はいらないと思うのだが…。長崎は坂の街で、駅からもものすごい坂の上まで建てられている住宅が見える。そのため、レンタサイクルも電動自転車。写真を撮ったあとはお土産屋を見た。そして最後に駅弁屋で駅弁を買って、11時過ぎにホームに戻った。駅構内には復元された朱印船がおいてある。トイレに行って、佐世保行きの快速シーサードライナーに乗車。車両は先ほど乗っていたのと同じキハ200の2連。列車は11時14分に長崎駅を出発。
快速車内でさっき買った鯨専門店くらさきの鯨カツ弁当を食べた。鯨を秘伝のたれに漬け込んだというものらしいが、かなりうまかった。市布経由の新線は駅のところだけトンネルから出るという感じで、大半がトンネル。長与経由の半分の時間で諫早に到着。諫早では停車時間が6分あったので、外に出る。するとさっきは止まっていなかった島原鉄道の列車が止まっていたので撮影。
諫早からは大村線に入る。大村線はもともとは鳥栖から長崎へと向かう路線として、現在の長崎本線よりも先に建設された路線。だから待避線なども多い。諫早から10分ほどで大村駅に着き、ここでかなり降りた。大村からしばらく進むと大村湾沿いを走る。結構単調な景色なので、川棚を出たあたりで寝て、目が覚めたら佐世保線との分岐駅である早岐に着いた。ハウステンボス駅を寝ている間に通り過ぎてしまったのは残念…。早岐からは国道35号と併走するが、一部アスファルトが水色の場所があった。あれは一体何だったのだろう…。佐世保駅に入る直前に米軍の軍艦が見え、12時51分に佐世保到着。長崎から1時間半。地図で見ると長崎県は小さいというイメージがあるが、意外と大きい。
佐世保駅は最近高架駅になったようで、1番線から5番線、そして松浦鉄道の0番線のある大きな駅。せいぜい1時間に3本か4本しか列車のない佐世保駅にしては大きすぎる気が…。時間がないので駅構外を一通りぶらつく。キオスクには海軍カレーが売られていた。だがこれ見たことあるなあと思ったら・・・横須賀の海軍カレーだった。コーヒーは佐世保海軍コーヒーだったが。あと「貧乏が去る像」というものがあり、は昨年ハドソンが寄贈したものらしい。
1時過ぎにホームに戻り、松浦鉄道の列車の写真を撮る。佐世保から平戸・松浦方面へ行く松浦鉄道は元・国鉄松浦線。この路線のたびら平戸口駅が沖縄のモノレールを除いて日本最西端の駅。JRでは佐世保が最西端になるのだが、そのことを書いた看板などはなかった。松浦鉄道に遠慮しているのか。だがまあこれでJRの東西南北端の駅には全て到達したことになる。
松浦鉄道の写真を撮った後、博多行き特急みどり号の止まっているホームへ。特急みどり16号は783系の4連。肥前山口で長崎からのかもめ号と連結するので、車両番号は11号車〜14号車となっている。早岐で進行方向が逆向きになるので、座席の向きは最初からそちらに合わせてある。みどり16号は午後1時13分に佐世保を出発。早岐で向きが変わる。これは早岐−佐世保間が鳥栖−長崎の路線の支線という扱いで開業したことに由来するらしい。特急は有田・武雄温泉とこまめに止まってゆく。武雄温泉は島式ホームなのにホーム番号が1番と3番だった。通過した大町駅付近には蒸気機関車29611号機が保存されていたが、状態は悪いらしい。
肥前山口で長崎からやってくるかもめ号と併結。しかしかもめ号は遅れていたようで、列車は定時より3分遅れの2時15分に発車。まあそのおかげで駅の写真をゆっくり撮る時間が出来たが…。併結するかもめ号も783系で、白いかもめではない。肥前山口を出た列車はかなり飛ばしたようで、鳥栖到着時には遅れは1分遅れで、二日市では定時運行になっていた。二日市は太宰府天満宮の近くにある駅で、最近九州国立博物館ができた。博多到着はむしろ定時より30秒ほど早かった。
3.博多→門司港→京都
博多駅で急いで階段を上り下りして、大分行きの特急ソニック33号に乗る。これに乗って小倉を目指す。自由席はかなり埋まっていた。発車してすぐに車掌さんが検札に来る。私の使っている周遊きっぷは九州内の特急自由席に乗り放題だが、毎回どこまで乗るのか聞かれる。まあ別にいいのだが。だが北海道ではどこまで乗るのか聞かれたことがない。というか北海道は特急に乗っても検札にあまり来ない。ソニック号の883系は普通車でも読書灯がついている。

博多から40分で小倉に到着。小倉−博多間は新幹線と競争なので、なかなか大変だろうな。小倉駅では同一ホーム上で1分乗り換え。門司港行き快速4156Mに乗車。車両は811系。3扉転換クロスシートだが、京阪3000系・8000系のようにドア横のクロスシートも転換できる。小倉から10分余りで門司港駅に到着。門司港駅は大正時代の駅舎が今でも使われ、国の重要文化財になっているのでけっこう有名。かつての九州の入り口駅らしい大きな駅となっている。できるだけ昔の雰囲気を残しており、男性の駅員さんが詰め襟の制服を着ていたのには驚いた。
駅を少し歩いて向かったのは九州鉄道記念館。まずは屋外展示。いくつかの車両が展示してあった。椅子を引き出してベッドにしてある581系はなかなか基調だった。外面も特急月光で、二つ星マークもいい。485系のJNRマークもよかった。そして館内へ。あまり広くなかったのですぐに見終わった。期間限定展示ではブルートレインのヘッドマーク展で、廃止されたブルートレインのヘッドマークがたくさん並んでいた。4時30分過ぎに記念館を出た。
帰りも門司港駅の写真を撮った。門司港は1964年まで下関との間で関門連絡船が運行されていたらしい。関門トンネル開通は1941年に開通したが、そこから20年以上にわたって連絡船と併用されていたのか…。青函トンネル開業と同時に青函連絡船がなくなったので、こちらも一緒だと思いこんでいた。門司港4時53分発の宇佐行き2545Mに乗車し、小倉へ戻った。
小倉で急いで新幹線連絡改札へ向かい、自由席特急券を買う。そして新幹線の改札内へ。在来線との連絡改札なのに、在来線の切符が全くチェックされなかった。新幹線改札内の売店で酒や弁当を買い、急いでホームに上がる。新大阪行きのひかりレールスター474号に乗った。これに乗らなくても、20分ほど後ののぞみ号に乗っても京都到着はほとんど同時間なのだが、東海の車両に乗るのは嫌だから…。
ひかりレールスターの自由席はすいていた。食事をして酒を飲んで時間を過ごす。次に止まった新下関は国鉄型行先案内が使われていた。新下関から30分ほどで広島に到着。広島でかなり乗ってきた。そこで就寝。目が覚めたら新神戸だった。終点新大阪に着くとホームを移動し、のぞみ320号に乗車。新大阪から15分ほどで京都到着。新幹線で帰ってくる旅はあっけない…。
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